ミリカローデン那珂川    那珂川町図書館  

松口月城氏略歴

西暦 年   代 年齢 略         歴       等
1887 明治20年4月1日   筑紫郡那珂川町大字今光に父藤又四郎、母トクの二男(栄太)として生まれる
1892 明治25年4月 5歳 安徳尋常小学校入学(現 安徳小学校)
1896 明治29年3月 8歳 安徳尋常小学校卒業(現 安徳小学校)
1900 明治33年3月 12歳 井尻尋常高等小学校卒業(現 曰佐小学校)
1901 明治34年3月 13歳 井尻尋常高等小学校補習科卒業
      薬局生として松口家に入る
1903 明治36年4月 16歳 医術開業前期試験合格
1904 明治37年6月 17歳 私立熊本医学校第四期編入(同年12月私立熊本医学専門学校と改称・現 熊本大学医学部)
1905 明治38年4月 18歳 医術開業後期学説試験合格
  明治38年5月   医術開業後期実地試験合格
  明治38年11月   公立若松病院(現 産業医科大学若松病院)に医員として奉職
1906 明治39年3月   私立熊本医学専門学校別科卒業
  明治39年10月1日 19歳 早良郡有田で医術開業
1907 明治40年1月   早良郡有田区自治青年会を組織し、会長となりこの間、
      福岡県知事より農村生活改善の功により表彰を受ける
1908 明治41年8月 21歳 養父 松口主税死亡
1911 明治44年4月14日 24歳 松口チヨコと結婚
      福岡県嘱託校医(50年間)
      早良郡立原尋常小学校(現 福岡市立原小学校)嘱託校医(25年間)
      早良郡有田高等小学校嘱託校医(5年間)
1916 大正5年2月 28歳 福岡県早良郡長より青年指導の功績により表彰を受ける
1921 大正10年2月 33歳 福岡中学校建設その他の功績により、文部大臣より表彰を受ける
1922 大正11年 35歳 漢詩を志す(宮崎来城、土屋竹雨に師事)この後作詩(長短)一万数千首にも及ぶ
1925 大正14年 38歳 福岡県早良高等女学校設立に尽力(現 県立福岡講倫館高等学校)その後嘱託校医
1947 昭和22年 60歳 福岡市立西福岡中学校設立に尽力 その後13年間嘱託校医
      天徳中学校嘱託校医(現 那珂川中学校)
1950 昭和25年1月 62歳 岩戸村直営診療所長
1957 昭和32年 70歳 西日本新聞社主催の西日本吟詠大会顧問
1958 昭和33年2月   「松口月城吟詩集」第一版刊行
  昭和33年4月 71歳 那珂川町直営診療所長
1960 昭和35年3月 72歳 同上 退任
      那珂川町名誉町民第一号(筑紫耶馬溪に頌徳詩碑を建立)
      学校保健衛生の功績により福岡県教育委員長より表彰を受ける
1965 昭和40年3月 77歳 北米日系吟詠団体より北米に関する漢詩作成の要請を受け北米西部を訪問(訪問期間70日)
      詩妙『北米の旅』を刊行
      九州漢詩同好会を結成、指導者として会員の指導の任に当たる
1968 昭和43年1月 80歳 福岡県教育委員長より父母教師会会長としての功労により表彰を受ける
1969 昭和44年 82歳 「新体古詩格」を提唱
1972 昭和47年 85歳 終戦後、蒋介石総統の軍民布告に感銘を受け作成した漢詩を蒋総統に呈上
      これに対し謝状を受ける
1973 昭和48年11月 86歳 学校保健に尽くした功績により福岡県教育委員長より表彰を受ける
  昭和48年11月3日   学校医としての功績により勲五等(瑞宝章)に叙せられる
1974 昭和49年6月 87歳 国民文化向上に寄与した功績により文部大臣より表彰を受ける
  昭和49年11月3日   那珂川町より自治功労者として表彰を受ける
1975 昭和50年 88歳 公益財団法人 日本吟剣詩舞振興会元老として財団より表彰を受ける
1977 昭和52年 90歳 西日本新聞創刊100周年記念ハワイ文化交流の旅に講師として招かれる
1978 昭和53年11月 91歳 漢詩の作詩活動を通じて日本文化の育成向上に尽くした功績により、西日本文化賞を受賞
1981 昭和56年7月16日 94歳 死去